サレ妻大離婚記 第10話

実録

「ごあいさつに伺いました」

前回、1時間6分の逆ギレ電話の中で、わたしは「彼女に挨拶に行く」と伝えました。夫は渋りながら「来ていい」と言いました。

その日の夕方、わたしは本当に事務所へ向かいました。

「早く来てくれないと困る」

日中用事を済ませている間に、夫から何度も不在着信が入っていました。用事が終わりお菓子も購入して、ようやく電話を受けた時、夫はこう言いました。

元夫
何時に来るの?! 来たいなら早く来てくれないと、こっちもこの後の動きがあるんだけど?!

挨拶に伺うと言っている妻に、この言いよう。

ドアには、鍵がかかっていた

夕方事務所に着くと、ドアには鍵がかかっていました。

中に入って部屋を見渡すと、そこにはなぜか夫の黒いTシャツを着た新山さんがいました。

新山さんのデスクには、少し前に「そろそろ新しいのに買い替えるからあげる」と、わたしがもらう約束をしていた、夫のMacBookが置いてありました。

そして新山さん本人は、顔をこわばらせ、怯えたような表情で、挨拶すらすることなく、無言で立ち尽くしていました。

そのくせ人の夫のTシャツ着てるのはどゆこと?

わたしは、菓子折りを差し出した

それでもわたしは、来た目的のとおりに振る舞いました。

わたし
大変お世話になっていると夫から伺っていたのに、ご挨拶が遅れて申し訳ありません
新山さん
あ、いえ…
わたし
おばあさまにもお礼をお伝えください。おうちにご迷惑をかけているみたいで申し訳ありません。おばあさまのお口に合うといいのですが、よかったらこれお渡しください。モンブランも買ってきたんですが、召し上がれますか?

菓子折りと、モンブラン。修羅場を想像していた人には、拍子抜けかもしれません。でも、わたしは取り乱して責め立てにきたのではない。真実を見極めに来たのです。

「これ、昨日買ったテーブル!」

モンブランに、夫がわざとらしく食いつきました。

元夫
わざわざごめんねー! こっちのテーブルで食べよう! これだよ、昨日買ったテーブル! 組み立てるの大変だったんだよ! ね!
新山さん
ハハッ…

——昨日新山さんと家具店に行っていたことを、まるで当然かのごとく話す夫。

わたし
いいね、じゃあわたしはもう帰るから
元夫
そう? じゃあ、ありがとねー!

そのとき、夫のデスクで夫のスマホが鳴りました。一番近くにいた新山さんが反応しました。

新山さん
あ…、電話…電話が、鳴って…

夫と、スマホを、交互に指さします。

元夫
え、俺の?

新山さんは、無言で、何度もうなずきました。

二人の世界

夫が電話に出ているあいだ、わたしは新山さんに、静かに聞きました。

わたし
パワハラやセクハラは、受けていませんか?
新山さん
ハハッ…いえ。いつも、よくしてもらっています
わたし
急な予定変更など、振り回してしまってますよね? 小さな子どもがいるので、どうしても家で夫の手が必要なこともあって…

そこで、急いで電話を切り上げた夫が、どうでもいい話で口を挟んできました。わたしは続けました。

わたし
たくさんご迷惑をおかけしていると思いますが、今後ともどうぞよろしくお願いします
新山さん
楽しく働かせてもらっています

その直後です。夫がスマホで、あるニュースを見つけました。ちょうどこの日、有名芸能人同士の結婚が報じられていたのです。

さっきまで凍りついていた新山さんが、急に生き返ったように声をあげました。

新山さん
マジで?! マジで?! ほんとに?! なんか嬉しい!!

二人は、わたしの目の前で肩を寄せて夫のスマホをのぞき込み、二人の世界に入っていました。

わたしは、それを少し離れたところから、ただ見ていました。

やがて、夫がこう言いました。

元夫
5時になったらここ出るよ。車返して、実家に子どもを迎えに行ってから帰る
わたし
わかった。夜ご飯は?
元夫
あ…家で食べるよ

「家で食べる」

このとき夫がわずかに言葉を詰まらせた理由を、わたしは知りませんでした。夫が毎晩のように新山さんと夕飯を食べ、そのうえで、家に帰ってわたしの作った夕飯を食べていたことを。

確かめる、ということ(同じような状況の人へ)

会いに行ったのは、問い詰めるためでも、修羅場にするためでもありません。ただ、自分の目で確かめたかった。それだけです。

疑いながら暮らすのは、本当に苦しいものです。「わたしのほうがおかしいのかも」と、一日に何度も何度も思わされる。その状態から抜け出すために、わたしは確かめに行きました。

取り乱さなかったのは、強かったからではありません。取り乱せば、また“頭のおかしい妻”にされて、話をすり替えられる。それがわかっていたからです。だから、菓子折りを持って、丁寧に挨拶をして、帰りました。

おかしな話に聞こえるかもしれません。でも、感情的にならずに会ったからこそ、あの部屋で見たものは全部、そのまま事実として残りました。

もしいま、確かめるのが怖いなら。確かめるのは、相手を捕まえるためではありません。あなたが「もう疑わなくていい」と、自分に許してあげるためです。

次回、夫が帰ってきてから、“嘘”が少しずつ綻びはじめます。夫はついに認めました。——「ごめん、嘘だった」。

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