前回、菓子折りを持って事務所へ。二人の世界を見せつけられて、わたしは帰りました。夫は「晩御飯は家で食べる」と言い、夫の実家に預けていた子どもを迎えに行った後、帰ってきました。
そして、その夜。わたしたちは昼間のことを話しました。わたしが事務所で見て、感じたことを、ひとつずつ確かめていきました。
「何も言ってない」から、「怖かったです」に
わたし何も言ってないってことはないでしょ。わたしを見て怯えてたよ。何言われるんだろう、っていう顔で
元夫マジで? 別に、そんなこと何も言ってなかったよ
元夫いやいやいや。“モンブランおいしいっすねー”って
そんなのんきな。
元夫あぁ…無言じゃないね。話したよ、なんか色々。……何話したっけ……“何で来たんですか?“って
さっき「何も言ってない」と言った人の口から、新山さんのセリフが次々に出てきます。
元夫あぁ、“お子さんは?“って。“今日はうちの実家に預けてるよー”って
わたしいや、預けてることは、その前に絶対言ってるよね?
わたし流れとして、おかしいよね。……まぁ、いいや。で、“お子さん預けて何しに来たんですか”って聞かれて、何て答えたの?
元夫いや、なんか“ねこの病院に行ったついでに寄ったみたいよ”って。他は別に
元夫なんか“怖かったです”って。だって、顔怖かったよ? “なんか真顔でしたね”って
わたしマスクしてたんだけど。
わたしマスクしてたのに? ……ていうか、めちゃくちゃ話してるじゃん
「何も言ってない」から、たった数分でここまで話が変化しました。
敬語という、ほころび
聞いていて、もうひとつ、引っかかることがありました。夫が新山さんのセリフを再現するとき、全部敬語だったことです。でも、実際は彼女は夫に対し敬語を使っていませんでした。
元夫え…? タメ口…? あ、やっぱりタメ口か! 後輩からも言われたんだよ。あの子の特徴なんじゃない?
わたしじゃあ、なんで今新山さんのセリフ全部敬語に直したの?
元夫いやいや…人に説明するときもそう説明するし、別に…タメ口だったっけ?
わたしうん。というより、“奥さんの前でどう話そう”っていう感じだった。あなたも不自然だった。10年近く一緒にいるんだからわかるよ
新山さんは、わたしにはきちんと敬語を使ったんです。タメ口じゃなかった。彼女は、敬語が話せないわけじゃない。夫にだけタメ口なんです。
「妻が来る」と、言った?
元夫それはだって、あぁいう会話をした後に、ほんとに来るんだよ?!
「あぁいう会話」。——GPSのことで1時間6分わたしを怒鳴りつけた、あの会話です。やっぱりそれを彼女に話していたということです。
わたしちょっと待って。わたしは“挨拶しに行く”って言ったよね。普通なら“妻が挨拶したいって言ってるから、今日来るよ”って伝えるよね? そもそも、わたしがねこの病院のことで電話したとき、新山さん隣にいたでしょ?
わたし今、一番大事なのは、ここから信頼を積み直すこと。解ける誤解は全部解いて、この家を、お互いにとって安心できる場所に戻したい。だから、どんな小さなことでも、嘘だけはつかないで。本当のことだけ、答えて。わたしが来ること、新山さんも元々わかってたよね? 今から妻が来るって、新山さんに伝えてたよね?
聞いてもいないことに、先回りして答える夫。
わたしさっきは、“何しに来たんですか”って言ってたよ
——“何で来たんですか”。“何しに来たんですか”。“何で来るんですか”。口にするたびに、少しずつ形が変わる。似ているけれど、ニュアンスが全く異なるセリフです。
わたしそれ、嘘だよね。認めて。そこを透明にしないで
元夫……あぁ、わかった。嘘だった。嘘って、どういう嘘?
どういう嘘?必死だな。
元夫わかんない。考えられない。なんとなく。その時、そうしようと思ったから
「必要ないよね、その話」
もうひとつ。夫は新山さんに、わたしたち夫婦がうまくいっていないことを話していました。
わたしで、何て言ったの? どういう話をしてたのか知りたい
元夫どういう話? 向こうも興味ないし。夫婦喧嘩は犬も食わないって言うじゃん
わたしじゃあ、なんで夫婦喧嘩してることを説明したの? 言う必要なくない?
元夫細かいことまでは言ってない。特に、情報は提供してない
わたしでも、うまくいってないことは、話したんだよね?
元夫夫婦喧嘩っていうか、もう調子が悪いことは言ってる。俺たち夫婦が、円満じゃないって
わたしそれなんで言う必要があったの? 普通スタッフにそんな話しないでしょ
ただのスタッフに、夫婦の不仲は話しません。話す必要がないからです。
そこで、子どもがぐずり始めました。話し合いはいったん中断。子どもを寝かしつけて、また再開しました。
嘘は、細部に出る(同じような状況の人へ)
堂々と嘘をつかれると、意外とその場では見抜けないことも多いです。
でも、小さなところで必ず綻びます。一度「何も言ってない」と言っても、問い詰めると隠しきれなくなる。同じ場面のセリフなのに、口にするたびに形を変える。タメ口の話し方を、敬語に直してしまう。どれも、些細なことです。でも、それが嘘を証明していました。
もしいま、あなたが「気にしすぎかな」と思っている小さな違和感があるなら。話し方、言い直し、辻褄の合わないひとこと。——気にしすぎではないかもしれません。長く一緒にいた人の不自然は、全部わかるものです。あなたの違和感は、たいてい当たっています。
そして。信頼や誠実さは、片方だけがどれだけ頑張って積み重ねても意味がありません。わたしはそれを、このあと、改めて思い知ることになります。
寝かしつけのあと、話し合いは再開しました。「30分だけ」という期限付きで。——その30分が、わたしの人生でいちばん長く苦しい夜の始まりでした。