サレ妻大離婚記 第12話

実録

30分だけ

前回、嘘が少しずつ綻びはじめた話し合い。子どもがぐずって一度中断し、寝かしつけのあと、夫からの「30分だけ」という約束で再開しました。わたしはまだ、この家をやり直したいと思っていました。

この30分は、わたしの人生でいちばん長い夜になりました。

「俺の魂が、そう感じる」

わたしは、これからのことを聞きました。

わたし
原因が何であれ、今どんな気持ち? これからどうしていきたい? その瞬間だけじゃなくて、長い目で見て、どう思ってるのか教えて
元夫
長い目では見られない。メイの行動は、信頼関係を回復しようとしているようにはとれない。不快なんだよ。逐一GPSで見張られて、スタッフとの関係にも、仕事のやり方にも口を出されて

信頼を回復する必要があるのはわたしなのか?

わたし
わたしは今、どうしようとしているように見えてる?
元夫
わからない。ただ、信頼関係を回復しようとしているようには思えない。言語化できないけど、俺の魂がそう感じる

魂。

わたし
さっき、責めるような口調になってしまったのは反省してる。ごめんね。ただ、長く一緒にいたら、今この人嘘をついたな、ごまかそうとしてるな、っていうのはわかるんだよ。大したことのない嘘ならスルーもしてきた。でも今この状況でごまかされたと思うと、疑いが深くなるし、苦しい

わたしは、まだ“家族”を諦めないために話していました。

子どもを、名前で呼ばなかった

疑ってしまうのには、積み重ねがあります。わたしはそれを、わかってほしかった。

わたし
今日、去り際にね。あなた、わたしに子どものことを話すとき、名前を出さずに『子ども』って言ったんだよ
元夫
……妻とか子どもって言っちゃいけないのかよ
わたし
いつもは名前で呼ぶよね。わたしのことも、子どものことも。わたしに話すときに、子どものことを『子ども』なんて呼んだこと、一度もないよ。だから、すごく不自然だった

新山さんの前で“家族”を匂わせたくなかったんだろう。——そうとしか捉えられない

わたし
あと、プライベートな話は新山さんとはしないって言ってたよね。でも、夫婦の仲が悪いって話はしてる。プライベートを話さない相手に、夫婦の不仲なんて話さないよ。でも新山さんにはそれを話してるわけだよね
元夫
まあ……。あぁ。はぁ……
わたし
なんか、例えば……

「30分って、俺から言うこと?」

言いかけた、そのときでした。

元夫
ねえ!! 30分って約束は、俺から言うことかなぁ?!

わたしは時計を見ていませんでした。

わたし
ごめん。ちゃんと見てなかった。……でも、そんな目をするのはおかしいよ。これは、あなたにとっても大事なことでしょう
元夫
大事なことだよ? だから俺は、何も言わなかったよ?!
わたし
じゃあ、『ごめん、30分経ったよ』って言えばいいじゃん
元夫
真剣なことだから、どこまで自分の話を続けるのかなと思って、俺はずっと待ってた
わたし
……待っててくれたんだね
元夫
その30分っていう約束を完全に覚えてなかったってことでしょ?!
わたし
ごめん、夢中になって時計見てなかった。……でもそれって、そんなに怒ることなの?

涙が、勝手に溢れてきました。

元夫
怒ることじゃないけど……また泣いて……はぁ

「薬、もう少し飲んだら?」

息が、うまく吸えなくなりました。

夜、暗いテーブルに置かれた錠剤のシートと水の入ったグラス。
わたし
待って。ちょっと待って。さっき薬を飲んだし、待って……
元夫
うん、薬、もう少し飲んだら?

用量以上に飲んではいけない、と言われている薬でした。

わたし
連続で飲んだらダメって言われて……。その顔、やめて……やめて……
元夫
めんどくさい訳じゃないよ?
わたし
袋、ちょうだい。袋……袋……

過呼吸になりながら、わたしは袋を探していました。

しばらくして、少しずつ息が戻ってきて、わたしはただ、繰り返していました。「ごめんなさい。」と。

「ジャストアドバイス」

落ち着きかけたわたしに、夫はもう一度言いました。

元夫
薬、飲んで。薬。飲んで。
わたし
薬は、何度もたくさん飲んじゃダメって言われてる
元夫
いや、飲んで。必要だよ
わたし
最悪、死ぬよ? 息が止まっちゃうんだって
元夫
まあ、要するに弛緩剤だからね
わたし
それでも飲んだ方がいいって言ってるの?
元夫
今、過呼吸で死ぬよりも
わたし
さっき、1時間半くらい前に飲んだ。それなのに?
元夫
でも、薬が効いてないってことじゃないの?
わたし
……じゃあ、飲む
元夫
俺は医者じゃない

飲もうとした、その瞬間でした。

わたし
今、飲んでって言ったよね? 飲もうとした途端に『医者じゃない』って、ずるいよね
元夫
いや、ジャストアドバイス。ジャストアドバイス。最終的に決断を下すのは、自分だから

過呼吸で苦しむ相手に、飲むなと言われている薬を「もう少し飲んだら」とすすめる。飲もうとすれば「医者じゃない」「決めるのは自分」。——何が起きても、自分だけは悪くないようにする。「ジャストアドバイス」。この言葉は忘れることができません。

元夫
なぜ、2錠飲んだ?
わたし
昼に電話したとき、冷静に話したくて1錠。夜も冷静に話したくて、もう1錠

冷静に話したくて、わたしは処方された安定剤を飲んでいました。この人と、ちゃんと話すために。

脅し、というブーメラン

わたし
あなたの言うことが正しいこともある。それはわかる。でも、わたしは機械じゃない。感情もあるし、わたしにとっての正しさもある。それを受け入れる隙を与えて
元夫
うん、わかるよ。でも俺だって、全部逆のことを言われるんだよ。『それ、脅しじゃん』とか。ほら、今これだよ。ブーメランのように返ってきてるんだよ
わたし
じゃあ、その時に言って? 優しく言えない? 『今それを言われると、あなたがいつも言ってることと同じに感じちゃう』って。わたしたち、大人でしょう
元夫
うん、でも、言ったとしても直らないんだよ!
わたし
まだ言ってないよね?

そして夫は、静かにこう言いました。

元夫
だって、この世は——俺が他人にすることと、他人が俺にすることで、成り立っているんだ

沈黙が、部屋に降りました。

何言ってんの?意味が分からない。

「一線を、越えた」

動悸がして、気持ちが悪くなりました。それなのに、わたしはなぜか、この人に感謝していました。

わたし
こんなに向き合って話してくれてありがとう。本当に嬉しい。こんなに話し合えると思ってなかった。ありがとう。ありがとう……

そう言いながら涙が止まらなくなって、そのあと、ふっと涙が止まって、今度は気分が高揚してきました。今ならわかります。あれは、心が壊れる寸前の、解離だったのだと思います。

わたし
二人のLINE見せてよ。そしたら全部わかるでしょ
元夫
嫌だ
わたし
なんで?
元夫
……あのね。今日、言おうと思ってたんだよ。GPSの時に
わたし
何を?
元夫
一線を、越えた。……離婚しよう

その言葉を聞いて、わたしの口から出たのは、これでした。

わたし
……そうしよっかぁ!! そうしよう、そうしよう!! スッキリー!! 離婚だぁー!! やったぁー!! 嬉しいー!!
元夫
よかったね

わたしは、笑っていました。泣きながら、笑っていました。

元夫
メイは向き合ってくれてありがとうって言ったけど……俺は正直、産後不安定なことも、今薬を飲んでることも、全部耐えられる。だけど……

産後に不安定なのも、薬を飲んでいるのも、誰のせいだよ。

わたし
うっそつけーい!!
元夫
……今から、親に電話して、離婚届を書いてもらって

わたしは、なおもLINEを見せてと言い続けました。二人が本当はどういう関係なのか、どうしても確かめたかった。

わたし
ねえ、二人のLINE、見せて
元夫
だめ
わたし
なんで?
元夫
……ごめん。これ、動画に収めていいかな?

崩れて、笑って、泣いて、「離婚だ」と叫ぶわたしを——この人は、カメラに収めようとしていました。保身のために。

壊れていい場所を、間違えないで(同じような状況の人へ)

この夜のことを、わたしは身近な人に、親や親友にさえも、いまだに詳細に話したことはありません。いまもなお自分の中で消化しきれていないし、この時のことを思い出そうとすると胸が張り裂けそうになります。

この夜の夫のふるまいには名前があります。相手を否定し、混乱させ、「おかしいのはあなたのほうだ」と思い込ませていくこと。ガスライティング、モラルハラスメント、精神的なDV、と呼ばれるものです。 飲むなと言われている薬を「もう少し飲んだら」とすすめ、飲もうとすれば「決めるのは自分」と手を引く。これは、アドバイスではありません。

もしあなたが今、「おかしいのは自分のほうかもしれない」と一日に何度も思わされているなら。その“思わされている”感覚こそが、サインです。あなたの神経がおかしいのではありません。

  • 薬を無理にすすめられる、量を勝手に足すよう言われる——これは危険です。用量は必ず主治医の指示に従ってください。
  • 心療内科・精神科、そして配偶者暴力相談支援センター(DV相談ナビ=短縮ダイヤル #8008)は、無料で相談できます。
  • その場のやりとりを、記録に残してください。録音でも、日記でも。あとのあなたを守る、いちばん確かな味方になります。

わたしは、この夜のことをすべて録音していました。壊れそうな自分を守るために。それが後で、どれほど自分を助けることになるか——このときは、まだ知りませんでした。

そしてこの直後、わたしは家を出て、行き先もなく夜道をさまよいます。

次回、夜道でうずくまっていたわたしを見つけたのは、警察の方でした。

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