前回、嘘が少しずつ綻びはじめた話し合い。子どもがぐずって一度中断し、寝かしつけのあと、夫からの「30分だけ」という約束で再開しました。わたしはまだ、この家をやり直したいと思っていました。
この30分は、わたしの人生でいちばん長い夜になりました。
「俺の魂が、そう感じる」
わたしは、これからのことを聞きました。
わたし原因が何であれ、今どんな気持ち? これからどうしていきたい? その瞬間だけじゃなくて、長い目で見て、どう思ってるのか教えて
元夫長い目では見られない。メイの行動は、信頼関係を回復しようとしているようにはとれない。不快なんだよ。逐一GPSで見張られて、スタッフとの関係にも、仕事のやり方にも口を出されて
信頼を回復する必要があるのはわたしなのか?
わたしわたしは今、どうしようとしているように見えてる?
元夫わからない。ただ、信頼関係を回復しようとしているようには思えない。言語化できないけど、俺の魂がそう感じる
魂。
わたしさっき、責めるような口調になってしまったのは反省してる。ごめんね。ただ、長く一緒にいたら、今この人嘘をついたな、ごまかそうとしてるな、っていうのはわかるんだよ。大したことのない嘘ならスルーもしてきた。でも今この状況でごまかされたと思うと、疑いが深くなるし、苦しい
わたしは、まだ“家族”を諦めないために話していました。
子どもを、名前で呼ばなかった
疑ってしまうのには、積み重ねがあります。わたしはそれを、わかってほしかった。
わたし今日、去り際にね。あなた、わたしに子どものことを話すとき、名前を出さずに『子ども』って言ったんだよ
わたしいつもは名前で呼ぶよね。わたしのことも、子どものことも。わたしに話すときに、子どものことを『子ども』なんて呼んだこと、一度もないよ。だから、すごく不自然だった
新山さんの前で“家族”を匂わせたくなかったんだろう。——そうとしか捉えられない
わたしあと、プライベートな話は新山さんとはしないって言ってたよね。でも、夫婦の仲が悪いって話はしてる。プライベートを話さない相手に、夫婦の不仲なんて話さないよ。でも新山さんにはそれを話してるわけだよね
「30分って、俺から言うこと?」
言いかけた、そのときでした。
元夫ねえ!! 30分って約束は、俺から言うことかなぁ?!
わたしは時計を見ていませんでした。
わたしごめん。ちゃんと見てなかった。……でも、そんな目をするのはおかしいよ。これは、あなたにとっても大事なことでしょう
元夫大事なことだよ? だから俺は、何も言わなかったよ?!
わたしじゃあ、『ごめん、30分経ったよ』って言えばいいじゃん
元夫真剣なことだから、どこまで自分の話を続けるのかなと思って、俺はずっと待ってた
元夫その30分っていう約束を完全に覚えてなかったってことでしょ?!
わたしごめん、夢中になって時計見てなかった。……でもそれって、そんなに怒ることなの?
涙が、勝手に溢れてきました。
「薬、もう少し飲んだら?」
息が、うまく吸えなくなりました。
わたし待って。ちょっと待って。さっき薬を飲んだし、待って……
用量以上に飲んではいけない、と言われている薬でした。
わたし連続で飲んだらダメって言われて……。その顔、やめて……やめて……
過呼吸になりながら、わたしは袋を探していました。
しばらくして、少しずつ息が戻ってきて、わたしはただ、繰り返していました。「ごめんなさい。」と。
「ジャストアドバイス」
落ち着きかけたわたしに、夫はもう一度言いました。
わたし薬は、何度もたくさん飲んじゃダメって言われてる
わたしさっき、1時間半くらい前に飲んだ。それなのに?
飲もうとした、その瞬間でした。
わたし今、飲んでって言ったよね? 飲もうとした途端に『医者じゃない』って、ずるいよね
元夫いや、ジャストアドバイス。ジャストアドバイス。最終的に決断を下すのは、自分だから
過呼吸で苦しむ相手に、飲むなと言われている薬を「もう少し飲んだら」とすすめる。飲もうとすれば「医者じゃない」「決めるのは自分」。——何が起きても、自分だけは悪くないようにする。「ジャストアドバイス」。この言葉は忘れることができません。
わたし昼に電話したとき、冷静に話したくて1錠。夜も冷静に話したくて、もう1錠
冷静に話したくて、わたしは処方された安定剤を飲んでいました。この人と、ちゃんと話すために。
脅し、というブーメラン
わたしあなたの言うことが正しいこともある。それはわかる。でも、わたしは機械じゃない。感情もあるし、わたしにとっての正しさもある。それを受け入れる隙を与えて
元夫うん、わかるよ。でも俺だって、全部逆のことを言われるんだよ。『それ、脅しじゃん』とか。ほら、今これだよ。ブーメランのように返ってきてるんだよ
わたしじゃあ、その時に言って? 優しく言えない? 『今それを言われると、あなたがいつも言ってることと同じに感じちゃう』って。わたしたち、大人でしょう
そして夫は、静かにこう言いました。
元夫だって、この世は——俺が他人にすることと、他人が俺にすることで、成り立っているんだ
沈黙が、部屋に降りました。
何言ってんの?意味が分からない。
「一線を、越えた」
動悸がして、気持ちが悪くなりました。それなのに、わたしはなぜか、この人に感謝していました。
わたしこんなに向き合って話してくれてありがとう。本当に嬉しい。こんなに話し合えると思ってなかった。ありがとう。ありがとう……
そう言いながら涙が止まらなくなって、そのあと、ふっと涙が止まって、今度は気分が高揚してきました。今ならわかります。あれは、心が壊れる寸前の、解離だったのだと思います。
わたし二人のLINE見せてよ。そしたら全部わかるでしょ
元夫……あのね。今日、言おうと思ってたんだよ。GPSの時に
その言葉を聞いて、わたしの口から出たのは、これでした。
わたし……そうしよっかぁ!! そうしよう、そうしよう!! スッキリー!! 離婚だぁー!! やったぁー!! 嬉しいー!!
わたしは、笑っていました。泣きながら、笑っていました。
元夫メイは向き合ってくれてありがとうって言ったけど……俺は正直、産後不安定なことも、今薬を飲んでることも、全部耐えられる。だけど……
産後に不安定なのも、薬を飲んでいるのも、誰のせいだよ。
元夫……今から、親に電話して、離婚届を書いてもらって
わたしは、なおもLINEを見せてと言い続けました。二人が本当はどういう関係なのか、どうしても確かめたかった。
崩れて、笑って、泣いて、「離婚だ」と叫ぶわたしを——この人は、カメラに収めようとしていました。保身のために。
壊れていい場所を、間違えないで(同じような状況の人へ)
この夜のことを、わたしは身近な人に、親や親友にさえも、いまだに詳細に話したことはありません。いまもなお自分の中で消化しきれていないし、この時のことを思い出そうとすると胸が張り裂けそうになります。
この夜の夫のふるまいには名前があります。相手を否定し、混乱させ、「おかしいのはあなたのほうだ」と思い込ませていくこと。ガスライティング、モラルハラスメント、精神的なDV、と呼ばれるものです。 飲むなと言われている薬を「もう少し飲んだら」とすすめ、飲もうとすれば「決めるのは自分」と手を引く。これは、アドバイスではありません。
もしあなたが今、「おかしいのは自分のほうかもしれない」と一日に何度も思わされているなら。その“思わされている”感覚こそが、サインです。あなたの神経がおかしいのではありません。
- 薬を無理にすすめられる、量を勝手に足すよう言われる——これは危険です。用量は必ず主治医の指示に従ってください。
- 心療内科・精神科、そして配偶者暴力相談支援センター(DV相談ナビ=短縮ダイヤル #8008)は、無料で相談できます。
- その場のやりとりを、記録に残してください。録音でも、日記でも。あとのあなたを守る、いちばん確かな味方になります。
わたしは、この夜のことをすべて録音していました。壊れそうな自分を守るために。それが後で、どれほど自分を助けることになるか——このときは、まだ知りませんでした。
そしてこの直後、わたしは家を出て、行き先もなく夜道をさまよいます。
次回、夜道でうずくまっていたわたしを見つけたのは、警察の方でした。